偏向報道について、聖書は何と言っているのか?

現代のニュースを見ていると、ある事件は繰り返し大きく報じられる一方で、同じくらい重大な出来事がほとんど扱われないことがあります。 「なぜ、この事件だけ?」 「なぜ、あの問題は報じられないのか?」 そんな違和感を覚える人は少なくありません。聖書は、現代のメディア構造そのものを直接語ってはいませんが、“真実がゆがめられる社会の仕組み”については非常に明確に語っています。 偏向報道の背後にある力学は、聖書が繰り返し警告してきたものと驚くほど重なります。

 

1.闇を光と呼び、光を闇と呼ぶ社会

イザヤ書には、こんな言葉があります。
悪を善といい、善を悪という者はわざわいだ。」(イザヤ5:20)

これは、 本来光に当てられるべき問題が隠され、 人々の感情を動かしやすい出来事だけが強調される という現代の情報操作の構造とよく似ています。

聖書は、 「見せたいものだけを見せ、見せたくないものを隠す」 という行為を、偽りの指導者の特徴として描きます。


2.権力と結びついた“偽りの語り手”

旧約聖書では、権力者に都合の良いことだけを語る“偽預言者”が繰り返し登場します。
彼らは賄賂を受けると平和を預言し、賄賂をくれない者には戦いを宣告する。」(ミカ3:5)

これは現代で言えば、

  • スポンサーに不利な事件は扱わない

  • 政治的に不都合な問題は小さくする

  • 国民の注意をそらしたい時は別の事件を大きくする

というメディアの構造と重なります。

聖書は、 真実よりも利益や権力を優先する語り手 に対して非常に厳しい警告を発しています。

3.終わりの時代の特徴:情報の混乱と惑わし

新約聖書は、終末の特徴として「偽りの情報があふれる時代」を描きます。
偽預言者が現れ、多くの人を惑わす。」(マタイ24:24)
人々は真理から耳を背け、作り話にそれて行く。」(2テモテ4:3–4)

これは、 真実よりも“視聴率の取れる話”が優先される社会 と非常に似ています。

情報が増えれば増えるほど、真実は見えにくくなり、 人々は「語られていること」ではなく「語られていないこと」に気づきにくくなります。

4.神が求めるのは、真実を愛する心

聖書は、混乱の時代において、神の民が取るべき姿勢をこう語ります。
実を結ばない闇のわざに加わらず、むしろそれを明るみに出しなさい。」(エフェソ5:11)
真理はあなたがたを自由にする。」(ヨハネ8:32)

つまり、 偏向報道の中で“何が語られていないのか”を見抜こうとする姿勢そのものが、聖書的な歩み なのです。

恐れや怒りに飲み込まれるのではなく、 静かに、冷静に、真実を求める心を保つこと。 それが、神の民に求められている姿勢です。

5.偏向報道の時代に、私たちはどう生きるのか

聖書は、情報が混乱する時代において、次のような歩みを勧めています。

  • 真実を求める

  • 情報に振り回されない

  • 恐れではなく、神の平安に立つ

  • 闇の構造を見抜く

  • しかし怒りではなく、祈りと冷静さを保つ

偏向報道に気づくことは、 「真理を愛する心」が働いている証拠です。

神は、真実を求める者を必ず導き、 闇の中でも光を見る目を与えてくださいます。

辺野古で起きた事故が、京都の事件の報道の繰り返しばかりで、ほとんど報道されずにいます。大切なご家族を亡くされたご遺族が苦しい状況でも、真実を知ってほしいとブログ記事を書き続けています。そのブログ記事を張り付けておきますので、そちらから何が本当に起きているのか読んで見て下さい。